―施設情報―


名称     ミキモト真珠島
住所     三重県鳥羽市鳥羽1-7-1
電話番号   0599-25-2028
営業時間
・1月~3月、11月・・・8:30~17:00
・4月~10月    ・・・8:30~17:30
・12月     ・・・9:00~16:30
※季節により変動あり
休館日    12月第二火曜日から3日間
予約の有無  バス駐車場利用の場合は要予約
料金     大人…1500円、小/中学生…750円
交通案内
電車…
・JR/近鉄「鳥羽」駅下車 徒歩約5分
お車…
・伊勢自動車道「伊勢IC」から二見・鳥羽ラインを利用で約12㎞
駐車場    有料駐車場があります。
その他
・団体割引、障がい者割引あります。
・修学旅行など引率の教職員は無料。
・「ミキモト真珠島」「鳥羽湾めぐりとイルカ島」「鳥羽水族館」のセット券がお得です。
公式HP    ミキモト真珠島


伊勢湾めぐりの「真珠島・水族館前乗り場」の隣には真珠のことがすべてわかる専門の博物館があります。
真珠…。現在では日本でも身近な宝石になっていますが、どのように作られているのか?養殖の方法ってどんな方法は?など、その製造過程はあまり知られていません。
この博物館では真珠を通してその歴史、美術、工芸、科学、産業などを実物やパネルを使用して学べるようになっています。

 

受付場所です。ここで入島料を支払いましょう。セット券をお持ちの方は渡してください。
ミキモト真珠島は明治26年(1893)に御木本幸吉が世界で初めての真珠の養殖に成功した場所です。養殖真珠の歴史はここから始まったのですね。
そんなミキモト真珠島に入るにはこの橋を渡っていきます。

 

 

島に入るとまず目に入るのがこの庭園。天気は曇りでしたが晴れていればとても美しいところです。

 

 

写真に写っている建物は「真珠博物館」と「パールプラザ」。それとは別に島の反対側には「御木本幸吉記念館」があります。
島の中央には野鳥の森や遊歩道、「珠の宮」と呼ばれる神社があります。

昭和26年(1951)に開島して以来、国内外から多くの人々が訪れ、真珠の魅力に引き込まれています。

 

 

真珠博物館の入り口ホールと展示室入り口。
展示室は「真珠のできる仕組み」を紹介されています。

真珠の正体。それは真珠貝と呼ばれる貝殻の体内で形成される”球形の貝殻”の事です。…ここでいきなり答えが出てきます。
そんな真珠がどのような種類の貝で形成されるのかが、実物とパネルで紹介されています。

 

―アコヤ貝(Akoya Pearl Oyster)―
日本の養殖真珠で使用されている代表格の貝。
中型の二枚貝で外側は黄緑色~黒紫色の殻皮で覆われています。
内面には美しい真珠光沢があります。

 

 

 

 

―黒蝶貝(Pacific Pearl Oyster)―
黒蝶貝はインド洋や太平洋の赤道直下付近に分布している貝で、縦横14㎝程の二枚貝。
殻には大きなうろこ状の突起を持ち、内側には黒色を帯びた真珠光沢があります。この貝から形成されるのは「黒真珠」で、使用後の二枚貝は主に貝ボタンやネクタイピン、ネックレスなどの装身具として利用されます。
特に”タヒチ産”の黒蝶貝が最高級の品種です。

黒蝶貝(Pacific Pearl Oyster)から形成された養殖の黒真珠

 

―白蝶貝(White-lip Oyster/Gold-lip Oyster)―
白蝶貝には貝殻内面の真珠光沢が白色の物と金色の物があり、それぞれ「シルバーリップ」「ゴールドリップ」と呼ばれています。
「シルバーリップ」はオーストラリアなどに多く分布し、銀白色の真珠を形成し、「ゴールドリップ」はフィリピンやインドネシアに多く分布します。こちらの真珠貝は主に金色の真珠を形成します。

 

 

 

 

この他にも真珠を形成できる貝が展示され、それぞれが作る真珠の種類を見比べることが出来ます。

 

 

 

 

真珠が形成できる貝と形成できない貝の違い。
それは貝殻の内側を見るとわかります。真珠を形成できる貝には真珠光沢があります。しかしホタテやハマグリなどの貝の場合にはこのような光沢はありませんよね?これが真珠貝と他の貝の違いです。

これが真珠貝の中に核を入れる手術の写真。
養殖真珠を作る工程にはいくつかの工程を経ています。
真珠の素となるピース(2㎜ほどの大きさに整えた外套膜)と、核(貝殻を小さく角切りにしてから、角を削り丸く球形にしたもの)を真珠貝の中に移植します。人で例えると飴玉を口の中に入れる感じですね。
人が飴をなめると溶けてなくなっていきますが、真珠貝の場合は移植した核に”真珠質”の分泌により、真珠が形成されていきます。
※マカサや南洋産の巻き貝から貝ボタンを繰り抜いた後、「耳」や「芯」と呼ばれるいらない部分が出てきます。その「耳」や「芯」を形成し、真珠貝の”核”として利用する場合もありますが、ミキモト真珠で使用されている”核”はアメリカのミシシッピ河流域に生息する二枚貝の貝殻を加工して作られています。
真珠のジュエリーを購入する際、「核となる貝」はどのような種類が使用されているのかをチェックするのも、購入する際のポイントになるかもしれませんね?

これは「核」を入れる際に使用される手術道具。

これは一度見ておきましょう!!「花真珠のピラミッド」。
真珠貝(母貝)と真珠の養殖では長い年月がかかります。さらに真珠の採取をしてもやはり傷物やB級品が多く出来てしまいます。
「花珠(hanadama)」と呼ばれる最高品質の真珠は本当にわずかしか出来ません。

 

真珠の生産と流通のコーナー。
養殖真珠の歴史と商品生産のすぐれた技術、技法などもここで学ぶことが出来ます。

元々真珠は世界各国にて美や健康、長寿をもたらす薬として親しまれていました。日本の他、古代中国やエジプト、中世のヨーロッパでどのように真珠が使用されていたのかがパネルで説明されています。

現代での使い方の一つ。真珠の成分が含まれている化粧品の数々。

真珠のネックレスのネーミングもここで確認することが出来ます。
真珠一つ一つの大きさはほぼ同じですが、本体の長さによってそのネーミングは変わります。
・グラジュエイション…
ネックレスを身に着けた時、中央の真珠の直径が最も大きく、そこから左右対称に真珠の大きさが小さくなっていくタイプ。17~18インチ(43~45㎝)が標準。
・プリンセス…16インチ(約40㎝)のタイプ。
・マチネー…
プリンセスの1.5倍の長さのタイプ。24インチ(約60㎝)。日中に使用される。
・オペラ…
プリンセスの約2倍の長さのタイプ。32インチ(約80㎝)。主に夜用。
・ロープ…プリンセスの約3倍の長さのタイプ。48インチ(約120㎝)。
・ファンシー…
長さには関係なく、特殊なタイプのもの。”カクテル”は真珠をメインにしたネックレスの一部に他の宝石を組み込んだもので、”ツイスト”と呼ばれる比較的小粒の真珠のネックレスを数本束ねて、捩じるようにして形を整えたタイプもあります。

真珠に穴を開ける機械や選別する手順が良くわかる実物展示も楽しめます。

―企画展示―
この期間には「にっぽん真珠ヒストリア」という真珠に関する企画展示が行われていました。

日本人ならばみなさんご存知動悸・息切れのお供。
管理人も私たちもここに来るまでは気が付かなかったのですが、このお薬には真珠の成分が使用されております。

―企画展示2―
企画展示が2つありました。こちらは「1908年の真珠採り」としてその時代の各産地での真珠採取の様子や時代背景が見て取れました。
20世紀が始まると世界各地で真珠とりが盛んに行われ、ペルシア湾、スリランカのマナール湾、カリフォルニア湾、ヴェネズエラのマルガリータ島やその海域、スコットランド、アイルランド、ドイツとあちこちで真珠を取る人々の姿の記録でした。

この展示ではパネル紹介よりも真珠を使った様々な時代を彩ったジュエリーの展示がメイン。
このティアラは1907年頃のもので、社交界などで用いられたジュエリー。中央には直径14㎜の異形真珠が飾られています。

左の物はイランで出土された紀元前1世紀~紀元1世紀の頃に作られた耳飾り。左はローマ時代の物。

1905年頃のイギリスで作られたペンダント”孔雀”。
孔雀の羽を思わせる美しいデザインのペンダント。中央には緑色のデマントイド・ガーネットがはめ込まれており、その周囲には2㎜~3㎜の真珠が飾られています。
右の物は1900年頃のフランス製。ペンダント付きのネックレスです。

 

スリランカのマナール湾やインドでの紹介コーナーに展示されていた真珠採取を行う時に使用される道具。

19世紀後期のカナダ産ペンダント。スタイリッシュな水滴型の真珠を使用されて作られています。(左)
1898年頃にフランスで作られたペンダント/ネックレス「蘭」。
エナメル(プリカジュール)を使用し、ステンドグラスのような蘭乃はなを表現しています。中心にあるアメシストの周りには真珠で雄蕊を表現しています。(右)

丸い方は19世紀のイギリス産のブローチ。
ダイヤモンドと真珠をバランス良く配置した大きめのブローチ。ロイヤルブルーのエナメルと真珠の組み合わせには存在感がありました。(左)
このペンダントは1900年頃にドイツ?で作られたものであろう一品。
使用されている真珠は長径8.5㎜の長円形の淡水真珠。(右)
淡水真珠と海水産真珠の違いは、その真珠に含まれる微量元素の違いによって判断されています。

―カリブ海のコンクパール―

天然真珠の中でも高級品として取り扱われているのがこの”コンクパール”。
美しいピンク色のコンクパールは西インド諸島の海域に生息する巻き貝「ピンク貝(Strombus gigas)」が自然に作り出す真珠です。
食用として採取された貝の中から、ごく稀に見つかる副産物。
そのピンク色はとても美しいですが、残念ながら一般のお給料では買うことが出来ません。

小さなスペースですが図書コーナーも設置されています。
ここで真珠や御木本幸吉、海女、伊勢志摩に関する書籍を閲覧することが出来ます。図書の持ち出しは禁止です。

―ミュージアムホール―

 

この展示コーナーでは日本の装身具の変貌と、真珠を飾られた帯留めの展示や真珠をふんだんに使用して作られたものを見ることが出来ます。
また、世界の養殖真珠の歴史として多くの研究者の実験解説や、様々な学説がパネルで紹介されています。

これらはミキモト美術工芸品の品々。
昭和14年のニューヨーク万国博覧会に出品された「自由の鐘」や「パールクラウン」、養殖真珠誕生から100年後に完成した「夢殿」などが展示されています。

―御木本幸吉記念館―

御木本幸吉は安政5年(1858)に鳥羽市で代々”うどん”の製造販売をしていたお店「阿波幸」の長男として生まれました。

妻・うめ

商売の才能がある祖父と商売よりも機械類の発明・改良に関心がある父の背中を見て育ち、幸吉自身もうどんの家業の傍ら野菜の行商を始めました。明治11年(1878)に東京や横浜での旅行中に天然真珠との出会いがあり、これをきっかけに海産物商人に方向転換しました。明治14年(1881)に”うめ”と結婚し生活していく中で、世界の装飾品市場の情勢が耳に入ってきます。当時は天然真珠がメインで取引されており、海女がアコヤ貝の中から天然真珠を取ってくると高額の収入を得られたので、伝国でアコヤ貝の乱獲が問題になっていました。
大日本水産会の主催者や大学の教授などに教えを請いながらアコヤ貝の生態を調べ、養殖での真珠の採取が可能なことを確信し、妻と共に貝の養殖を始めました。

当時の真珠の養殖には問題が山積みで「貝の中にどんな異物を入れれば良いのか?」「異物をはき出さないか?」「生育環境は良好か?」など真珠の核となる最適な物質の模索のため、様々な言う津を繰り返し試し、更には幾度かの赤潮発生の被害にも遭い、それでもあきらめずに突き進んだ姿には感服します。
明治26年(1893)年に貝の中から”半円真珠”を発見したのは”妻のうめ”でした。32歳の若さでうめはこの世から去りますが、ここから御木本幸吉の快進撃が始まります。

まさにブルーオーシャン戦略の良い例ですね。
どのような事業においても「新規参入」には”時間”、”努力”、”運”、”需要を見据え、先取りする力”これに加えて”周囲の人々が言う陰口や悪口が聞こえてきても、一切気にせず突き進む心”が必要です。
そんな力強さを学ぶことが出来ました。

―阿波幸の跡地―

 

鳥羽駅から少し歩くと「御木本幸吉誕生の地」が残っています。
真珠島見学の後、立ち寄ってみましょう。
この石碑の近くには「江戸川乱歩館」もあります。この日は休館日でしたので入ることが出来ませんでしたが、時間のある方は行ってみてくださいませ。

 



―施設情報―


名称     江戸川乱歩館
住所     三重県鳥羽市鳥羽2-5-2
電話番号   0599-26-3745
営業時間
・土日祝…  10:00~15:00
・平日…   10:00~15:00(予約制)
休館日    火曜日、年末年始
予約の有無
※平日は閉館されているため、見学する場合は要予約。
予約先電話番号…0599-25-8255(鳥羽ガイドセンターの電話番号)
料金     300円
交通案内
電車…
・・JR/近鉄「鳥羽」駅下車 徒歩約10分
お車…
・伊勢自動車道「伊勢IC」から二見・鳥羽ラインを利用で鳥羽終点から車で約5分
駐車場    駐車場はありません。近くの有料駐車場をご利用ください。
公式HP    江戸川乱歩館

 


 

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